いきなりですが、時代は便利になりすぎたのかもしれません。
というのも、昨日は驚くべきニュースが入ってきました。
なんと、米ロサンゼルスの裁判所の陪審団が、未成年者のSNS依存を巡り、有害なプラットフォームを設計したとして、GoogleとMeta Platforms側に法的責任があるとの評決を下したというのです。
スマホひとつで、世界中とつながる時代。
その便利さの裏側で、「子どもへの悪影響」が問題視され、ついに訴訟となり、敗訴という結果に至りました。
これは単なる企業責任の問題ではありません。
社会の価値観そのものが変わり始めている兆しとも感じています。
オーストラリアでは、未成年のSNS利用に対していち早く規制を強化し、年齢確認の厳格化や利用制限など、現実的な対策が進められています。
つまりSNSは、単なる便利なツールから、社会として管理すべき、さらには規制対象にもなり得る「インフラ」へと、その位置づけが変わりつつあります。
かつては「自己責任」で済まされていた問題も、特に成長過程にある子供たちにとっては、その影響が無視できないものになってきたということです。
便利さは人を豊かにしますが、同時に依存や不安といった影も生み出します。その両面を直視し、どう向き合うかが問われています。
と、かくいう私も、この訴訟のニュースはSNSで知りました。
また、最近では、子どものスマホの使い過ぎを、自分がスマホをいじりながら注意するという矛盾。
まったく説得力がありません。
便利さに使われているのか、使いこなしているのか。
その境目は、思っている以上にあいまいです。
そして何より、その姿を一番見ているのは、子どもたちです。
まずは大人が、その向き合い方を問われているのだと思います。
「便利さに 堕ちた大人の 巻き返し」
以上です。
