いきなりですが、先日の日曜日だったか、かなり早い時間に時代劇が放送されていて、ふと思ってしまいました。
そうです。
あの「丁髷(ちょんまげ)」です。
「なぜ武士は、あんな髪型だったのか?」と。
そこで、いつものようにGoogle先生の出番です。
すると、理由は実に合理的で、一つは、兜(かぶと)を安定させるためのものだったとのこと。
戦国時代の武士は、重たい兜を長時間かぶって戦っていたため、頭頂部を剃り、髪を束ねることでズレにくくしていたそうです。
そして、蒸れ防止。
つまり丁髷とは、見た目重視ではなく、「現場仕様」だったわけです。
ところが、戦国時代が終結した江戸時代になると話が変わります。
本来は戦うための髪型だった「丁髷」は、いつしか「武士の証」になっていったそうです。
丁髷を結い、頭をそり上げるのは、結構面倒だったはずですが、「丁髷をしていないと武士に見られない」という時代になっていきました。
その後、明治維新になると、政府が「散髪脱刀令」を出し、武士たちは急に丁髷を切らなければならなくなりました。
すると当時、多くの元武士たちは、
「恥ずかしい」
「先祖に申し訳ない」
「顔を見られたくない」
と、大騒ぎになったそうです。
「えっ?」「いやいや、これって、今の世の中にも??」
「6月まではネクタイを締める」
「暑いのに長袖のシャツを着る」
「暑いのにジャケットを着用する」
「疲れるのに革靴を履く」
「疲れるのにハイヒールを履く」
「昔からこうだから」とか、「前例があるから」とか、「皆やっているから」という理由だけで続いていること。
これって、私にも思い当たる節がたくさんあります。
さすがに最近はクールビズが当たり前になって来ていますが、襟付きシャツはOKでも、Tシャツとなると何となく抵抗があるとか、要は、本当は意味が薄れているのに、やめるとなぜか不安になることが実に多いこと。
明治維新から150年以上が経ち、今の我々から見ると、丁髷がとても不思議に見えますが、100年後の人類から見ると、今の我々もかなり不思議に見えるはず。
で、「100年後、丁髷レベルの不思議って、何だろうか?」
そんなことを考えていたら、眠れなくなりました。
「百年後 丁髷超える 我がスーツ」
失礼しました。
以上です。
