いきなりですが、2026年4月4日の開幕戦をもって、「ルートインBCリーグ」とプロ野球独立リーグ球団「信濃グランセローズ」は、設立から20周年という大きな節目を迎えました。
2007年4月28日(20年前)
ルートインBCリーグ(当時は北信越BCリーグ)の開幕戦が行われた長野オリンピックスタジアムは、低い雲に覆われ、冷たい霰が舞っていました。
極寒の中にもかかわらず、スタンドには7,000人を超える皆様が足を運んでくださり、スタジアムは熱気に包まれていました。
試合終盤、信濃が石川に追いつき、引き分けたあの光景を、私は今も鮮明に覚えています。
寒さでぶるぶると震えるような気温でしたが、胸の奥だけが熱くなっていくような、忘れられない開幕戦でした。
その後、「弱い」と言われ続けた10年間。
初のリーグ優勝。
そして独立リーグ日本一。
その道のりは決して平坦ではありませんでしたが、振り返れば、そこにはいつも「人」がいてくださいました。
ファンの皆様、スポンサーの皆様、ボランティアの皆様、そして球団を支えたスタッフや職員の皆様。
お名前を挙げれば際限がないほど多くの方々に支えられながら、信濃グランセローズは今日まで歩みを進めてまいりました。
感謝の一言に尽きます。
このリーグを立ち上げた株式会社ジャパン・ベースボール・マーケティング代表取締役会長の村山哲二さんが、ある年の開幕戦を視察に来られた時のことです。
村山さんは、開場前の内野席で、観戦シートを一席一席、丁寧に拭き掃除してくださるご夫婦の姿に目を留めました。
このご夫婦は長年グランセローズのファンで、数年前からホームゲームの日には試合開始のかなり前に球場へ来られ、観戦されるお客様のために、内野席の拭き掃除ボランティアを続けてくださっていたのです。
誰に頼まれたわけでもなく、誰かに見せるためでもなく・・・。
その光景を見つめながら、村山さんが静かにつぶやきました。
「あの方たち、決して表には出ることはないはずだよね」
「もちろん、それを願ってもいないでしょう」
「ただ、こういう方々に支えられているから信濃グランセローズは20年を迎えられるんだね」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の中で何かがすっとほどけた気がしました。
勝ち負けの先にあるもの。
公式記録では示せないもの。
このような方々が、このチームの周りにはたくさんいてくださる。
決して楽な経営状況ではないチームが20年続くということの“真の理由”は、こういうことなのだと気づかされました。
青木市長、あれから20年経ちました。
今久留主、しっかり見守ってくれよ。
藤倉、お前がいない初めての開幕だったが、仲間が乗り切ってくれたぞ。
市長、今久留主、そして藤倉が今ここにいないこと、やはり寂しくもあります。
ただ、その想いを胸に、これまでも、そしてこれからも、信濃グランセローズは愚直に「県民球団」であり続けたい。
一人でも多くの県民の皆様に、そして多くの子どもたちに、野球のある日常を届けられる存在でありたい。
20年の感謝を込めて。
以上です。
