いきなりですが、藤倉、お前何やってんだよ。
ふざけるのもいい加減にしろって。
受け入れられるわけがないし、俺は絶対に許さない。
お前と最初に会ったのはいつだったか。
たしか2002年か2003年、スペシャルオリンピックスのワールドゲームを控えた頃。
お前はトーチランの担当として組織委員会に入ってきた。それが出会いだった。
あれからもう20年以上が経つ。
グランセローズよりも、家族よりも長い時間を共に過ごした。
振り返れば、決して「楽しいことばかり」ではなかったけど、濃い時間だった。
お前には、俺が言いにくいこと、やりにくいこと、そして誰もやりたがらないようなことを数多く頼んだ。
お前は、ただ黙って従うような人間じゃなかった。
でも言いたいことは言いながらも、最後にはちゃんと仕事を片付けてくれた。
無理を押しつけてきた俺のやり方に、どうにか筋道をつけ、自分なりのやり方で折り合いをつけてくれた。
本当に面倒くさい男だったけど、そんなふうに俺にモノを言ってくれるのは、お前だけだった。
助かったよ。
昼飯もよく一緒に食べたな。
家族と食べる回数より多かったかもしれない。
お前が疲れている時、俺は何も言わずに飯に誘った。
お前もそれがどういう意味か分かっていたよな。
でも、大変な話をするのは最初の5分だけで、あとはくだらない話ばかりで笑って飯を食った。
いい歳して、いつもごはん粒をつけてたな。
2人きりで何も気を遣わずに飯が食える相手なんて、俺にはお前しかいなかった。
グランセローズが弱かった頃、何をしても勝てなかった頃。
試合後の長距離ドライブ、無言のまま帰った車内、あの空気は今でも忘れられない。
今は、日本一になった去年の喜びよりも、あの負け続けた時のことばかり思い出す。
野球関係ではいろんな場所に一緒に行ったな。
国内外問わず、出張先ではB級グルメを探し回った。
宇奈月温泉に急に誘った時も、文句一つ言わずついてきた。
まずい刺身に耐え切れず、道路に出て吐いたこともあったな。
出張の夜は、みんなと飯を食べた後、必ず2人で部屋で飲んだ。
つまらない話ばかりだったけど、必ず最後は2人で。
そういえば、将来の話なんてほとんどしたことがなかった。
でも最近になって、やっとお前と一緒に次のことを考え始めたんだよな。
「インバウンド向けの会社を作るか?」「ツアーガイドでもやるか?」なんて盛り上がって、実際に一つツアーの仕事もこなした。
あれが、最初で最後の「これから」の話だった。
今回のことを聞いたとき、俺は長野を離れていた。
何度も「ウソだ」と言ってくれと願った。
でも、お前は枕元にも夢枕にも現れなかった。
許さない。
絶対に許せない。
どうしてなんだよ。
俺はこれから誰と早飯を食べに行けばいい?
誰と、くだらない話をすればいい?
藤倉、帰ってこいよ。
キツいよ。
今度は俺がお前の言うことを聞くから、もう一度だけ俺の言うことを聞けよ。
安らかに眠ってる場合じゃないだろ。
ただな、藤倉。
ありがとな。
家族のこと、心配だよな。
もし相談があったら、俺にできることはするから。
しばらくは、そこで待っていろよ。
これでけりをつけるな。
私的な内容、失礼しました。
合掌