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家村木 2022.3.28

 いきなりですが、あんぱんで有名な「木村家」は「木村家」では「家村木」と、右から左の表示です。

 さて、過日久ぶりにこの「家村木」に立ち寄ってあんぱんを購入して来ました。
 「家村木」のあんぱんは明治7年、木村家初代木村安兵衛により初めてつくられたとのこと。あんぱんの元祖です。

 実は、この「家村木」のあんぱんには思い出あるのです。

 と言うのも、今から35年以上前、私の大学時代の話です。野球部に所属していましたが、当時の監督はあの「御大」で有名な「島岡吉郎監督」(以下、御大)でした。
 100㌔はあろうかと思われる肥満体型。70代中盤でしたが、とにかくよく食べました。しかもグルメです。特に甘い物には目がなく、御大への手土産は、「虎屋の羊羹」か「小川軒のレーズンウィッチ」と相場が決まっていて、御大の部屋には「羊羹」と「レーズンウィッチ」が山ほどあったことを覚えています。

 それはある夏の早朝練習の時でした。朝5時からきついランニングです。汗だくでへとへと、のどもカラカラ。当時は、練習中に簡単に水を飲むことは出来ませんでした。そんなところに、マネージャーがなにやらプラスチックの箱のようなものを持って来ました。

 そこで御大が「いいか、皆!」「夏はねー、甘いもんを食べなきゃダメなんだよ。」「これからねー、あんぱんを配るからねー。」「家村木の座銀のあんぱんだ。」「さあ、食べろよ!食べろよ!食べろよ!」。

 そうです、その箱にはあんぱんが入っていたのです。御大が自ら「家村木」に電話して工場から直接取り寄せたようです。

 ただ、のどがカラカラで・・・。
 とにかくのどにあんぱんが入って行かないのです。きつかった。

 おそらく、自分がどうしてもあんぱんを食べたくなっただけの御大は、美味そうに何個も何個も頬張っていました。

 で、過日は、大学野球部同期の昇進祝で東京に行ったのですが、会場への道すがら、「家村木座銀」を見つけ、当時のことを思い出し、今日の話のタネにとあんぱんを購入したのです。

 久しぶりに私も食べましたが、「家村木」のあんぱんはあの時のきついあんぱんとは全くの別物で、実に美味しかったというお話です!!

 以上です。

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