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あまのじゃくでは無く 2022.4.4

 いきなりですが、私はあまのじゃくではありません。

 で、写真をご覧下さい。

 そうです。ここは元善光寺です。

 皆さんは、長野県には善光寺さんが二つあるのをご存知ですか?

 元善光寺の公式HPによると、以下、

 元善光寺は、推古天皇十年に信州麻績(おみ)の里(現在の飯田市座光寺)の住人本多善光(ほんだよしみつ)公が、国司の供をして都に上がった時に、難波の堀にて阿弥陀如来様にめぐりあい生まれ故郷へお連れし、お祀りしたのが元善光寺の起源です。その後、阿弥陀如来様の御告げにより芋井の里(現在の長野市)に阿弥陀如来様を御遷しすることになった時、再び御告げがあって「毎月半ば十五日間は必ずこの麻績の古里に帰り来て衆生を化益せん」との御誓願を残されました。
 善光公は山中にて授かった霊木をもとにして自ら一刀三札の、御本尊様と同じ大きさ御尊像を彫られたのが元善光寺の御本尊となりました。
 そもそも善光寺の名は善光公の名を以って付けられたものです。

 と言うことで、長野の善光寺と、飯田の元善光寺と、この両方お詣りしなければ片詣りと云われているのです。

 過日のブログでも、「これまで一度も御開帳中の善光寺さんに詣でたことの無い。」と言いましたが、残りの人生も考えて今年こそは詣でようと決心していました。ただ、昨日急遽思い立って、せっかくならばと、片詣りにならぬよう長野の善光寺さんと同日に幕を開けた飯田の元善光寺さんの御開帳に先ずは詣でて見ようと思ったのです。

 「開闢大法用」の開始時刻に間に合いましたが、参拝客は、150名ほどだったでしょうか。それでも早い時間に行ったので、前立御本尊様をしっかりと拝むことが出来ましたし、本多秀道住職からは、直接「散華」も頂き、とてもありがたい参詣となりました。
 人生初の回向柱タッチも完了です。

 

 さて、いよいよ長野の善光寺ですが、こうなったら、他にも善光寺さんの御開帳にまつわる話が無いか調べて見ようと思っています。

 もう一度言いますが、あまのじゃくではありません。

 以上です。

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